みなさん、お元気ですか?2ヵ月ぶりにミラノに戻ってきました。 去年のちょうど今ごろは、古い運河沿いのスタジオにこもって新しいCDを録音していました。ポルタ・ジェノヴァ駅から古びた路面電車で、のんびりした風景を行くと、マウロ・パガーニのスタジオ「Officina Meccanica」前の停留所に着きます。 「機械工場」というスタジオの名前の由来どおり、このロフトはその昔、機械工場だったそうです。デューク・エリントンも弾いたという50年前のスタインウェイピアノがあって、スタジオを最初に訪ねたとき、譜面台には使いこまれたバッハの『平均律』の楽譜がのっていました。年代物のエレキギターが並ぶスタジオとのギャップにびっくりして、「誰が弾くの?」と尋ねると、スタジオのオーナー、パガーニが練習しているものだったのです。彼は世界中に熱狂的なファンをもつ天才ロックミュージシャン。ロックとバッハの取り合わせに、この国の音楽の歴史を垣間見る気がしました。 スタジオの古いピアノをわが子のように大切に手入れしていたのが、調律師のクラウディオ。古く乾いたスタインウェイは、あたたかくて包みこむような音色が魅力でしたが、古いせいか、鍵盤ごとにムラがあるのです。日本の整った新しいピアノを弾きなれているわたしは、最初とまどってしまいましたが、クラウディオはこう言うのです。 「鍵盤ごとに音が違うのがこの楽器の味わい、それを弾きこなせなくちゃ」 そうして、クラウディオと一緒に気の遠くなるような時間を費やしながら、お互いが求める音色をひとつひとつ作りあげていきました。現代のピアノでは表現できない、深い響きが立ちのぼったとき、スタジオ中のみんなから歓声が上がりました。このスタインウェイは、クラウディオと「機械工場」の誇りだったのですね。音楽をみんなで創りあげる感激を、心から共有できた、貴重な時間でした。何日間にもわたったスタジオ録音の最後、深夜の大スタジオの明かりを消して、無心であのピアノと語りあって弾いたムソルグスキーは、わたしにとってかけがえのない思い出となりました。 P.S. スタジオでの録音の様子は、クロアキネットhttp://kuroaki.net/でご覧ください。
by kuroakinet
| 2006-02-08 04:31
| 月刊ショパン
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黒田亜樹(piano)
東京芸術大学卒業後、イタリア・ペスカーラ音楽院高等課程を最高位修了。 フランス音楽コンクール優勝。ジローナ20世紀音楽コンクール現代作品特別賞受賞。現代音楽演奏コンクール優勝、朝日現代音楽賞受賞。卓越した技術と鋭い感性は作曲家からの信頼も高く、「ISCM世界音楽の日々」「現代の音楽展」「サントリーサマーフェスティバル」「B→Cバッハからコンテンポラリー」など、主要な現代音楽演奏会にて内外作品の初演を多数手がける。ビクターより「タンゴ・プレリュード」「タンゴ2000」をリリース。タンゴの本質を捉えた表現と大胆なアレンジは各方面で注目された。2013年にはバンドネオン奏者の小松亮太氏とともにピアソラ作曲オペラ『ブエノスアイレスのマリア』を、ピアソラ元夫人で歌手のアメリータ・バタールを迎え完全上演し話題を呼んだ。国外ではサルデーニャのSpazioMusica現代音楽祭でブソッティ作品の初演、パルマのレッジョ劇場でキース・エマーソンの代表作「タルカス」を現代作品として蘇演、シチリアのエトネ音楽祭出演などイタリアを中心に活動。 作曲家・植松伸夫と浜渦正志の指名により録音した「PianoCollectionsFINALFANTASY」やイタリアLIMENレーベルよりリリースした「ブルクミュラー練習曲全集」のDVDによっても、世界中のファンに親しまれている。 2014年アメリカのオドラデクレーベルより「火の鳥」~20世紀音楽ピアノのための編曲集リリース。イギリスBBCミュージックマガジンにて五つ星、レコード芸術誌にて特選盤に選ばれる。「東京現音計画」メンバーとしてサントリー芸術財団第13回佐治敬三賞受賞。ミラノ在住。ht t p:// k u r o a k i. n e t 公式サイト・クロアキネット 以前の記事
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